
国会議委員に訴える高比良 元 @

国会議委員に訴える高比良 元 A

青木愛国会議委員に挨拶
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爆心地から半径12km以内で被爆したにもかかわらず、被爆者に対する援護対策に比べ過少な対策しか講じられていない被爆体験者と呼ばれる人たちがいます。
対象者は県内で約1万人。
そもそも被爆地域の指定は、原爆落下当時の長崎市とこれに隣接する僅かな区域が行政区域という地図のうえに記された境界線で線引きされました。
市の区域が円形に近い広島市と比べ、長崎市は南北に長く東西に短い実体であるため、当然指定区域もいびつな形になります。
したがって、実際は爆心地からより近い距離で被爆した人が被爆者援護法による救済を得られず、逆に遠い人がその適用を受ける不合理が生じました。
このため昭和49年と昭和51年に被爆地域を是正する取り組みが行われ、当該地域で被爆した人にも被爆者手帳
が交付されることになりました。しかし、それでもいびつな状況は改善されません。
そこで、平成14年に当初の指定地域との均衡を図るために、爆心地から半径12km以内のエリアを被爆地域(健康診断特例区域)とすることになりました。
しかし、この新たに指定された地域で被爆した人たちには放射線被害はないという一方的な決め付け方で、それまでの被爆者に対する援護対策とは異なる非常に手薄い対策しか講じられないことになりました。
そうした被爆者が被爆体験者と呼ばれています。
原爆による放射線や熱線や爆風は同心円的に広がっていきます。
そうであれば原爆被害の強弱は、爆心地からの距離によって決まるのは自明の理です。
また、放射線による被害は初期放射能の被爆によるものの他に、残留放射能の体内吸収によっても発生します。
こうした論拠をもとに、被爆体験者の皆さんの代表は、いま長崎地裁に「被爆体験者を被爆者として認めろ」という裁判をおこしています。原告団の数は395人。提訴以来、約2年半になります。
この裁判において、長崎地裁は国の過ちを認める判決を必ず下すと信じていますが、こうした裁判での戦いの合間を抜って被爆体験者の皆さんと裁判を支援する会の役員、それに全国被爆体験者協議会の顧問である井原長崎市議と私の計35人で、5月12日と13日の2日間、民主党・社民党の国会議員と厚生労働省の担当部局へ制度改善についての要請活動を行いました。